月夜見
“寒の戻り” 〜大川の向こう より
  


そろそろ桜の便りが聞かれる頃合い。
大きい兄ちゃん姉ちゃんがはやばやと春のお休みに入っても、
まだちょっとガッコがあるおチビさんたちだけれども、
それでも授業は短縮されてて、
日が長くなった分、いっぱい遊べるとはしゃいでござる。
ただし、

 「こら、ルフィ。まだお外に出ちゃあダメでしょうが。」
 「なんでだよー。オレは風邪じゃないもん。」
 「そ・れ・で・も。」

中学生のくいなお姉ちゃんは、
学校の終業式が一足先に終わってた身だからの在宅で、
ルフィのそれとは事情が違う。
学級閉鎖になったのは、
風邪引いて休んでる子が多いのに合わせただけじゃあないの。
まだ無事な子も、
そんだけ風邪菌がうようよしていますから、
お家で大人しくしてましょうねっていう、

 「…あ、こらっ。」

話半分なまま、お姉さんの手を振り切って、
玄関の土間に飛び降りたそのまま、スニーカーを突っかけ、
たかたかたかと小走りに前庭を飛び出してく小さな坊や。
それが門柱のところで立ち止まり、くるり振り向くと、

 「けどでも、ガッコ休んでるのは川向こうの子ばっかじゃんか。」

そんなお言いようを がなり立てる。
ぎゅうと結んだ小さな拳を両方とも、
細っこい体の脇にむんと突っ張っての仁王立ち、
意気込みも鼻息も荒々しい意志表明であるらしく。
そんな腕白王子を、だが くいなが追いかけなかったのは、

 「…正確には、兄弟が川向こうに通ってる子、だよな。」
 「ひゃあっ。」

いつの間にそこにいたのやら。
渡し舟の船着き場から、よっこらやっこら なだらかな坂を上り、
のんびりと帰って来たらしい、この家の長男坊が、
勇んでおいでなおチビさんの後ろ首を、ひょいと掴んだからだったりして。

 「ゾロ。」
 「たでーま。」

まずはと帰還のご挨拶をしてやってから、

 「お前、おじさんからも大人しくしてなって言われてなかったか?」
 「うう…。」

組主の集まりとかいう御用があるとかで、
こちらのお宅へ預けられてた小さな坊や。
通ってる村の小学校が風邪の猛威に襲われて、
学級閉鎖どころか学校閉鎖にもならんという勢いなのは。
だがだが、風邪菌のせいというよりも、
全体児童数が極端に少ないがため、
ギリギリの一桁が休んでも割合が閉鎖すべき数値になってしまうせいだったのと。
今、こちらのお宅の長男様が補填してお言いのそれ、
川を隔てた向こう岸の街にある、
高学年だけが合併されて学んでる小学校へと、
通う子のいる家庭だけが感染児童を抱えているので。
大人たちの間の明けっ広げな会話の中ででも、
都会の“もやしっ子”が拾っては、
人へと感染しやすくしているだけの話だなんて言われてて。
とはいえ、現に休んでいる児童が多いのも事実には違いなく。

 「ゾロだってくいな姉ちゃんだって、引いてないじゃんか。」
 「あほ。風邪引いてる奴がいる家へわざわざ預けるか。」

容赦のない反撃を食らわされ、
「う……。」
そこはまだまだ一年生。
五年生の頭の回転へ追いつく反駁も出なかったか、
むうと むくれたまんま、
それでももはや抵抗もせず、捕獲されてしまったようである。
小さな肩を落とし、しょんぼりと玄関までを連行されたおチビさん、


 「くいな姉ちゃんじゃなくて、馬鹿ゾロに言い負けたんが口惜しい。」
 「 …うぉい。」




      ◇◇◇



日々、いいお日和になって来て、
桜の開花のニュースがあちこちから届きながらも、
時折思い出したように寒さが戻る。
お彼岸が過ぎてから暖かだったのが急に寒くなるのは、
せんもんよーごで“寒の戻り”というのだと。
お昼ご飯がまだの弟と、すったもんだしてお腹すいたというルフィとへ、
ほぼインスタントのチルド焼きそばを作ってやったくいなお姉様、
お昼の日本全国の話題を綴る、某NHKのニュースショーを観ながら、
小さな坊やへそうと説明してやって、

 「ここいらはまだ暖かい方だから、桜もすぐに咲くだろし、
  そうなったら、風邪の勢いだって じきに弱まることでしょうよ。」

だからそれまではいい子で我慢だと、
快活に微笑って自分のお部屋へ向かってしまう。
帰って来た弟へ後は任せたということならしく、
そんな置き台詞へ、むうとむくれつつも、
もちっとの我慢というのは判るのか。
お座布団を重ねて高くなったお椅子、
宙に浮いてた足をぶらぶらさせるだけにとどめての、
もはや言い返すまでの反発はないらしい。
ただ、

 「あ〜あ、早く桜、咲かないかなぁ。」

実を言うとネ? お外に出たかったのは、
大川を越す艀
(はしけ)の発着する波止場に行きたかったのと もう一つ。
その桟橋の傍にある大きな桜の樹を見に行きたかったから。
小さなお口を何かのまんがのキャラみたいにきゅいと尖らせて、

 「エースがさ、昨日からちょこっとずつ咲いてんぞって言ってたし。」
 「そういや、咲いてたかな?」

嘘つけ、ゾロはそーゆーの気づくの遅せぇくせに。
ふ〜んだと可愛げのないお顔に戻ったルフィだったものの、
すぐにもふしゅんとしょげてしまう。

 「…ルフィ?」

お気に入りの特撮もののTシャツも、
小さなお胸が凹んだせいか、ヒーローが困ったようなお顔になっており。
焼きそばのソースをくっつけたお口、
ティッシュでむいむいと拭ってやりつつ、

 「…じゃあ こうしよう。」

まだまだ子供な、いが栗頭のお兄ちゃん、
高いお椅子に座ってるルフィとは、あんまり目線も変わらぬ身ながら、
それでも随分と真摯な眼差しして見せて、


  ―― 今から俺、桜 観て来てやっから。


え…?と。
意味が判らず訊き返した坊やへ、やっぱり大真面目なお顔のまんま、

 「だから。俺がちゃんと、ついでじゃなくのちゃんと観て来てやる。」

今からだけじゃあなくて、明日のガッコの行き帰りも、
ルフィが外に出らんね間はずっと、
船着き場を通るごと、しっかり見て来てやっから。

 「花見が出来るほどにも咲いたら、
  いくら何でも学級閉鎖もなしンなって、春休みに入るだろから。」
 「…それまでずっと?」
 「おお、ずっとだ。」

何だか妙な理屈と約束だけれども、
子供同士の感覚でだと、通じるものも多いのか。
朝からのずっと不貞てた王子様、
ようやく晴れ晴れと微笑ってくれて、

 「ならいいvv」

それは嬉しそうに微笑って見せた。
そんじゃあ、善は急げだと、
さっそくにも玄関へと駆け出しかかった弟へ、

 「ゾロ、これ。」

二階のお部屋へ引っ込んだはずのくいなお姉ちゃん、
自分の携帯電話を貸してやる。
写真の撮り方は知ってるわよね。
おお、時々撮らされてっし。
そんなやりとり交わしてから、
とんとん・とたたた、後追いして来たルフィ坊やを、
あんたはダメだと引き留めたあたり。
もしかせずとも、キッチンでの二人の話が聞こえていたらしく。

 “お子様って、やっぱ 判っかんない。”

自分がどんなに理を尽くしてダメを言い聞かせても、
聞き分けなかったルフィなのにね。
今は大人しく立ち止まり、
ほんじゃと出掛けるゾロを見送ってるのだものね。

 “…現金なんだから。”

さして年の差はないはずなのにと、
ホントの大人が苦笑をこぼしそうな一丁前の感慨に、
肩をすくめたお姉様だったのだけれども、

 「ルフィってばそんなに桜が好きなの?」

確かに…自然のあれやこれやに、
いちいちその大きな瞳をウルウルさせて見入るような子ではあったれど、
ここまでこだわるほども好きだったかしらと、やや怪訝に訊いてみたれば、
思い詰めたようなお顔で、
さぞや真摯な何かしら、言ってくれるかと思いきや、

 「だってさ、川向こうのサンジ兄ちゃんが、
  桜が咲いたら花見をしよう、
  俺がこ〜んなでっかいケーキ焼いてやるからって、」

ゆってたもんと、鼻息ついて胸を張った彼だったので。


  「…それは当分、ゾロには黙ってようね。」
  「?? 何でだ?」
  「何ででもっ。」


ほんに…桜も恥じらおう 罪作りな可愛い子ちゃんでございます。






  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.3.25.


  *今年の子ルヒは、
   微妙にゾロ兄よりも食い気が勝ってるみたいです。
(あはは)
   それはともかく。
   桜の便りが聞かれる頃合いになると、
   どうしてでしょうか、
   子ゾロルヒのお話を書きたくなるぞ症候群が襲います。
   いい加減、コーナーとして独立させてもいんじゃなかろかという、
   数があるよな無いよな微妙さですんで、
   今はまだ考え中というところ。

  *拍手お礼に掲げた大元のお話はこっち。


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